週刊的K-GamiGami!!(仮)
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結構暖かくなって来た札幌!
2008年04月08日 (火) 16:28 | 編集
3月は暖かな日が多かったんだけど、4月に入ってからちょっと寒かった。
でも今週から「なんか匂いが」変わった気がする。
今日は風は強いけど、暖かな風が吹いている印象。
やっと春ですわ。

さて、
前回の続き的な内容なんですけど、
じゃあ「かわいそう」って思わないのかって言えば、様々なシチュエーションでそう思います。
思う時があるとしたら、本人も周囲も環境も「やってみたいことにチャレンジできる」のに、なにかがスポイルしてできないとき。
「ああ、そのままじゃかわいそうだ、やらせてあげたいなー」って思う。
出来るかどうかも分らない、いや、きっと出来ないだろう、でもチャレンジできるといいのにって。

右京とも呑む度にそういう話しが出るんだけど。
エベレスト(チョモランマ)なんて、別に登らなくたっていいわけで。
そこに到達するために、常人の常識を超えた努力と、お金と、環境と、協力が必要で、たいてい諦める。
でも諦めずに「行くんだ」ってなぜか彼は決めていて、そこに邁進する。
準備万端で山に行っても、天候不順なんかで登れなかったりすると「ありゃりゃ、かわいそうに、せっかく行ったのに。でもお天道様にゃー逆らえませんわな」って思う。

仲間の障がい者カート選手達もそう。
頸椎損傷とかだと「入院時はまず、自発呼吸が難しかった。寝返りなんて退院してからもしばらく難しかった。なにしろ首から下全ての機能が失われているから不自由なんてもんじゃない。何かしようにも何も出来ない。」という状態から、自分で車イスを動かせるようになるところまで改善するだけでも凄いことらしい。

実際、患者の中には同じような障害程度なのに、自立して何も出来ないような状態の人も多いらしい。
特に高齢になってから障害を負うと、復帰には時間がかかるし、復帰できたとしても若い人には及ばないことが多い。
若い人であっても、自分がその気にならないと先に進まないことが多いらしい。

もっとも頸椎損傷は重たい障害だ。
自分が望んだからと言って、望んだように改善するこわけではない。
歩行困難はもちろん、握力がまったくない、腹筋背筋もないからまっすぐ起きてもいられない、人によっては自発呼吸の限度が低く少しの運動で酸欠気味になったり、体温調節が巧くできなくて運動すると体が煮えて体温が上昇してしまったり。

あまりにも何も出来ないので、事実を知った多くの人が「こんなんじゃ生きてても意味ないじゃん、死んだ方がマシだ」と思い詰めるらしいけど、死ぬことすら出来ない。

運動するなんてもってのほか、というような状況だ。
いや、ほんの数十年前までは「そういった患者に運動させるなんて反社会的行為だ」とまで言う人もいたようだ。

でもすげえ頑張って、少しずつ障害を克服して、自分に出来ることを増やして、
スーパー障がい者の人達は、そんな人々のなかでも特に運動能力の復旧が目覚ましかった人達で、全体の同様レベル障がい者のなかでも突出した人々だ。
誰にでも出来ることじゃないことをやり遂げた人を「すげえー」と率直に思う。

車イスを動かせるだけでも凄いのに、レーシングカートに乗りたいと言う。
乗ってみたいと言う。
でも「なにかあったらどうするんだ」「他のカーターに迷惑になるのではないか」「だいいち危ないだろう、障害を負っているのになんでまた危ないことするんだ」と反対意見のシュプレヒコール。

駆け込み寺みたいにしてオレに相談に来た人は全員「とにかくじゃあ、乗ってみましょっか?」って乗せてしまう。
頸椎損傷で、両足が動かなくて、握力がほぼゼロの人もいた。
ステアリング操作もママならないのに、普通に考えたらカートなんて乗れるわけないじゃん。

でも乗ってもらっちゃう。
仲間達とないアタマを捻って、アイディアの固まりの装置を作ってしまう。

オレの得意分野だからこそ手伝えるのだから。
逆に言えば、オレにもそうやって「やってみたい」と思っている人全てに「何かをすることができる」わけじゃない。

偽善結構。
でもオレに手伝える部分があるっぽい時はやるよ。
オレにとっても「こりゃ難しいかな?」って思いつつのチャレンジだもん。

自発呼吸も、話すことも、立つこともできない障がいの人も、もしかしたら明日は今日出来なかったことができるかもしれない。
まばたきが出来なかったけど、明日はできるかもしれない。
自発呼吸はできないけど、人工呼吸器を1分外すことにチャレンジしたくなるかも知れない。
本人の中ではきっと、なにか小さなことでも「適った時」に勇気づけられているはず。
周囲の関係者は本人が心配だから無理させないケースも考えられるけど、上記のケースのようなことも“まれに”ある。
だから勇気づけられる。
オレ達、健常だって出来ないことだらけだから。
そうやって頑張ってる人を見ると無条件に勇気づけられる。

仲間の障がい者のコは、まだ自発呼吸が無理と医者に言われている状況で「でもやってみたい」と呼吸器を外し、貧血(だっけ?)起こして病院のベッドで死にそうになったらしいから危ないけど。
でもそういう挑戦って、右京じゃないけど「自分がやりたいんだから」という一存に、他人は口出しできないと思うんだー。

ちいさくてもいい。
誰にも分らなくても良い。
自分がチャレンジする。
そういう姿が、とても美しく見えて、応援したくなるんです。

そういう「応援する」気持のマックス最大に燃え上がるのが、下記の全盲ランナーとか、頸椎損傷のカーターとか、あと全盲のスキー選手もスゴいよね、挙げたらキリがないスゴいヤツら。ありえない。

ホントマジ、頑張ってる人々。
素晴らしいわ。


全然話し変わるけど、
オレ、国際状況には詳しくないから知ったかぶり書けないけど、
「ミャンマー、中国、オリンピック、聖火、妨害、デモ、アピール、命がけ、」
世界の人々、凄いと思った。
 組織に属さないような、一般の市民も多数アレに参加していたと聞いて・・・・





なんかうまく書けないや


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コメント
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2008/04/16(水) 22:08 | | #[編集]
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2008/04/14(月) 12:42 | | #[編集]
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2008/04/10(木) 23:54 | | #[編集]
夢ではなく目標
イチローが言ったんだっけ?最初?
「夢、というのは適わない可能性の高いもの。目標は必ず適えるまでやること」という主旨だったように記憶していあmす。

上原も同じように「メジャーに行くのは夢ではなく目標」と語りましたね。
明確な目標だから夢ではない。
手が届くようなことは夢とはいわない。目標だ。そういうことなのでしょう。

いいんだけどさ。
優秀な選手がそのように語って、身近な目標さえ見失っている若者へのメッセージとしたいのだろうし。
でも微かな夢を追う。
そんなファンタジーを人生で楽しんでいる人もいるわけで。

ココで書きたいのは「言葉は使い方と、受け取られ方と、受け取り方を考えて、なにもかも、全方向、全人類に無難に語ってもなー」ってこと。

例えば「夢でもありますが、夢というよりは目標としています」と若干配慮した言い方で語ったとしても「じゃあ、夢はダメなのか?」ってとる人が必ずいる。

だったら全方位防衛は諦めて、一握りの人にでもいいから伝わる語り方をして、その一握りの人が強くパッションを受けられたほうが良いのかもしれませんね。
まあその場合、反論を持つ人もそれなりに多く生じるのでしょうけれども。


2008/04/10(木) 16:59 | URL | けんじぃ~ #BWgGc7Fk[編集]
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2008/04/10(木) 14:33 | | #[編集]
少し腹立たしいです。
私は先天性の疾患があり、実際に生活でも困難があります。

気軽に「頑張れ」と健常者に言われると本当に腹立たしい。本当に悔しいです。

この気持ちは解らないでしょう。

2008/04/10(木) 07:29 | URL | なんだか #SlMP41Kc[編集]
「頑張れ」も難しい
けんさわさんお邪魔いたします。

「頑張れ」って言われなくたって、頑張ってる人には失礼な言葉ですよね。
だからって、どう言う言葉を掛ければ良いのかオイラには分りませんけど。

オイラの友達にも、車いすに乗っててもジムカーナやってる友達が居ますよ。
オイラ達は、特に障害者とかって気を使う事無く、普通に接してます。
もちろん、荷物の出し入れや準備は手伝ったりしますけども、変に気を使う訳じゃ無く、当たり前にやってますね。

でも、一歩外に出るとまだまだ奇異な目で見られる事が多いです。

この国じゃ、バリアフリーなんて程遠い事ですけども、今ある環境の中で出来る限りの事やって行かなきゃ前に進まないんですよね。
そんな中、前向きに生きてる彼に、簡単には「頑張れ」って言えませんよ。
だって、言われなくても頑張ってるものね、本人。
健常者(この言い方も好きじゃ無いですが)のオイラ達より頑張ってるますから、言えませんよ。


いや~日本語って難しいです(笑)

2008/04/09(水) 23:43 | URL | ジムカニアン #-[編集]
良く解る。
上手く書けてない!? ううん十分だと思うよ。素晴らしいと感じて貰うだけで本人達は光栄だと思ってるはず。 だって、障害者本人達は回りに頑張ってるね!って言ってもらう、とか解ってもらう。とか、そんな為に努力しているんじゃないもの、全て自分自身これからどうすれば、少しでも生きやすくなるか?これを求め続けて努力していくわけだし、それを回りの健常者の方が見ていて、その生き方に素晴らしいさを感じてくれたのなら、それは光栄の何物でもない。こちらこそ有難う。です。

日本も数十年前は大学生が反政府デモとかやってましたもんね。先頭に立ってさ。やっぱ市民も社会に入りこまなくっちゃ。それが日本では、もう全て自分のみ。自分さえ良ければ他はどうなっても知ったこっちゃない・・・・・・こんな国に救いようがあるのでしょうか。。。。これを思うと何時も無念で仕方ありません。
2008/04/09(水) 09:24 | URL | いっせい。 #-[編集]
う~ん。。。
はじめてカキコします。
障害と言うほどではありませんが、私は高校の時に病気と言うか怪我と言うかで歩行困難になった事があります。
毛細神経が切れてしまって、突然歩けなくなったんですね。
厄介なことに具合の良い時には歩けるのに(悪い足を引きずってですが)、一度具合が悪くなると立っているのさえ困難な時もありました。
元気な私を知っている半数以上の大人が口を揃えて「可哀想にねぇ」って言うのを聞いてとても嫌な気分だった事をよく覚えています。
今思うと「可哀想」=「好きな事が出来ないのね」って言われている様で嫌だったんだなぁと。
上手く言えませんが、やりたい事にがあって希望を持っている人にとって「可哀想」って言葉は、可能性を否定されている様に聞こえてしまう場合もあるのかもしれませんね。
上手く言えなくてスミマセン。
2008/04/09(水) 00:21 | URL | らん #x8Q4Q49E[編集]
日本語として例に出しちゃうと、それこそ意味がたくさん出てきてしまって困る。

現在の状態を哀れんでいることは有り得る。
でも、他人が勝手に基準を作って
「通常出来ることができない」状態を感想としちゃうのは、必要ないことの場合もあるんだよね。
だからこそ「やろうとしている」姿を評価してあげたいし、手伝ってあげたいと思うんだよね。

本人にとって、どちらがありがたいのか?
確かに「かわいそう状態」はあると思う。
でも、そこから一歩踏み出したからこそ「かわいそう」じゃなくなる。
「かわいそう」って言っちゃったら、可能性はないことになる。

あー、まとまんないコメントだ(^^;
2008/04/08(火) 21:00 | URL | 畳屋@本業以外が忙しい #PzOJF./Q[編集]
「頑張れ」とは気楽に言えない
頑張ってるなー、は、その言葉の通りどんなに小さなことでもいいからチャレンジしている人に。

でも「頑張れ」は、そうとう神経を使って使う言葉。
オリンピックのゴールドメダリストとかに気楽に頑張って!とか言っちゃうけど、彼らは世界で最も頑張っている人々。
「これ以上頑張れないっす」って思うらしい。

出来ないことは出来ない。
その出来ないことを「頑張れ」って言われても困るだろう。
オレにはスワヒリ語は解らない。
頑張れ、って言われてもムリ。

相手を見て言わないと、無意味な言葉、乾燥した言葉、逆に相手を傷つけてしまいかねないのが「頑張れ」だよね。

でも「どう見ても精一杯の状況」だと本人が思っていても、頑張れのひと言の応援で勇気百倍になったりするものこの言葉の凄いところ。
頑張れって、使い方を頑張らなくっちゃ。
2008/04/08(火) 19:50 | URL | けんじぃ~ #BWgGc7Fk[編集]
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2008/04/08(火) 19:35 | | #[編集]
そうですよね~!

誰でも命張ってチャレンジすることもあるし、リスク背負ってがんばってることもあるし。

障害あるからチャレンジしちゃダメっておかしいですよね?

オレもDPI世界会議の札幌大会にスタッフとして関わっていたんですが、とあるヨーロッパ大陸にある小さな国から参加された方は全盲で国外に出たことなんてないのに、たった一人で初めて乗った飛行機に乗って、言葉もわからない日本まで所持金数千円で来ちゃった人がいました!

『オレは国を代表して意見を言いに来たんだ!』って。

オレ、今一人で突然海外に行けって言われても行けないもんなぁ。


いわゆる健常者より真剣に目いっぱい生きてる人いっぱいいますよね!
2008/04/08(火) 19:32 | URL | にしぴん #-[編集]
↓のコメントへの単独レスっす
そうなんっすよ。
凄い良くわかる。
あのー、あれですわ、ディズニーランドが「標準」だとすると、日本の全ての施設は逝かれてるんですわ。

欧米(特に米国)では障がい者の存在そのものが空気みたいなもので、あっちでもこっちでも普通に色々な障がいの人々が社会に溶け込んでるけど、日本はまだまだ。

笑い話ですけど。
障がい者の国際団体である「DPI世界会議」というのが札幌で開催された時に、微力ながらお手伝いしてたんですけど、笑える話しがたくさんありました。

DPI世界会議を札幌に迎えるにあたって、札幌市内の障がい者対応を調査したらしいんですけど、例えば「車イスなどの障がい者用のトイレが2階にあって、そこまでは階段でしか行けない」など、枚挙にいとまがなかった。

僕はあなたの意見に賛成です。
障がい者が何か凄いことをしたことが、ニュースにすらならない当たり前の社会になって欲しいです。
でもそのためには、スーパー障がい者の活躍が、全ての人類に勇気を与えてくれることでしょう。
その素晴らしい行いは、どんどん報じてもらわなくては。
ね。


あまり書きたくないですが、仲間が実話として教えてくれたのが「エレベーターに乗った時に、母と子が乗り合わせて。お母(推定32歳)さんが子供(推定5歳)に“見ちゃダメ、ああなるわよ”って言うんですよ。未だにそういうのあるんですよ」という日本の民度。


現実は遅れてます。


ああなるわよ、は、ねーだろ。
ちくしょー。

参考:↓のコメントは「むこうじゃこういうことが記事になること自体ありえないほど“普通に”みんな生活してる」という主旨の書き込みでした。





PS.障害者手帳を持った「障がい者」とは生活したことはありません。
しかしながら、僕の最初の奥さんとは病気で死別しまして、その過程で車イスを押して散歩したり、介護みたいなことをしたり、そういう経験は少しだけあります。
言葉が足りなかったらごめんなさい。
2008/04/08(火) 19:03 | URL | けんじぃ~ #BWgGc7Fk[編集]
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2008/04/08(火) 18:46 | | #[編集]
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